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北海道分割から免れた

□ヤルタ密約
昭和20年2月4日から11まで、クリミヤ半島ヤルタで米ルーズベルト、英チャーチル、露スターリンの3か国首脳会談が開かれた。会談でルーズベルトはソ連による千島列島と南樺太の領有権を認めることを条件として、スターリンに日ソ中立条約を破棄しての対日参戦を促した。

□ソ連の北海道占領計画
スターリンはトルーマンに、
1)日本軍がソ連に明け渡す区域に千島列島全土を含めること。
2)日本軍がソ連に明け渡す区域地域には北海道の北半分を含むこと。
と伝えた。

□占守島の戦い
カムチャッカ半島の南端から海峡を隔てて10キロ余、千島列島の最北端に占守島(しゅむしゅとう)という島がある。この島に、将兵の誰もが戦争は終わったと信じていた8月18日午前0時過ぎ、カムチャッカ半島のロパトカ岬からソ連軍長射程砲の砲撃が開始された。「ソ連軍、占守島に不法侵入を開始す」という電文が北千島方面の第91師団長、堤不夾貴中将から札幌にある第5方面軍司令部に入ったとき、司令官の樋口李一郎中将は反撃命令を発した。
 実際の戦闘では、ソ連軍は上陸用舟艇16席など計54隻、総人員8300人余りで、18日午前零2時に島北端に急襲上陸を図った。1日で全島を占領し、千島列島を南下する計画だったが、日本軍の予想外の抵抗により大きな被害を出し、変更を余儀なくされた。
 結果として北海道は護られたのである、樋口李一郎中将の英断であった。もし樋口中将の英断がなかったなら北海道北半分はロシア領になり、東西ドイツや南北朝鮮の様な悲惨な状態になっていたかもしれない。

[参考資料]産経新聞 8月19日号 続く
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